自分のために生きる道をイギリスで探します


by annejour

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行ってきました

 長いようで短かった24日間の欧州一周旅行から懐かしいロンドンに帰ってきました。オランダのアムステルダムから始まって、ドイツケルンの町やハイデルベルグ、を見、ライン下りをし、スイス ローザンヌでは思いもかけず舞台に上がってヨーデルを歌う羽目になったり、9ヶ月もロンドンで暮らしたのに大して英語も話せず、聞けない私がそれでも楽しくヨーロッパを回って歩けたのは、旅行仲間になった多くのオーストラリア人やニュウジイランド人のおかげだと思っています。それとタフで元気なツアーコンダクタ-(リンダ)。彼女は一人で49人者旅行者を取り仕切り、朝早くから遅くまでオプショナルツアーの世話もしながらよく体が持つものだと感心してしまった。それと運転手の名前忘れた。彼は途中2日の休みがあったものの一人え何時間も一日走り続け、思い荷物をバスから出し入れするなど、私からみたら脅威的な仕事量をいつも笑顔で、魅力的な声で片付けていた。どこかアクセントに特徴があるので、純粋な英国人ではないと思っていたら、純粋なナポリに住んでいるイタリア人でした。彼の声とっても素敵でうっとりしました。 彼らはいつも一人で参加している私に気を使ってくれて,“旅をたのしんでる?”
とか“調子はどう?”とか毎日誰かが声をかけてくれたし、オプションに参加しなくてフリーになってしまった時は一緒に連れて歩いてくれたり、ウイーンでモーツアルトを聞きにいった時、着物を着ていったら口々に“K、きれいだよ”“素敵だね”とほめてくれ、運転手のクラウデイオも翌日の朝バスの前でであったら“K昨日は素敵だったね”と声をかけてくれた。
ヨーデルに参加した時も舞台から戻ってくると彼らは口々に“K、うまかったよ。参加者の中で一番だった”と拍手してくれた。いつも無口な大男のJがホテルの玄関口で“Kがヨーデル一番上手だった”と声をかけてくれた。家では家族から“うたうな”と禁止命令を受けている私とは大違いだ。彼らは陽気で気さくで元気で親切で、バスの中はいつも賑やかで時には歌声の大合唱も始まった。人に世話を焼かれたり、親切にされたり、やさしい言葉かけをされる等日本ではほとんどなかっただけに、大変さのなかにも心地よさがあった旅行だった。
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by annejour | 2008-09-26 20:07

行ってきます

 学校を終えて一週間。暇をもてあますかと思ったが結構忙しかった。知り合いになった人たちとのお別れ、小旅行、荷物の片付け、部屋お掃除等。最後の日は旅行者に行って、旅行日程表と時間、出発場所の確認、予約確認に行くことになっている。
最後の選択をして、乾いたものの取り入れに庭に行くと、テイナとアレックス(大家さん)がでてきて,“私は明日から彫りデイに出かけるので,Kにさようならが言えないから”と挨拶に来てくれたのだ。“最後の部屋の様子を見てほしいけれど”というと“アレックスと犬2匹を残しておくから、アレックスにみてもらって”という事だった。素敵な部屋を貸してもらえてうれしかった事、とても居心地のいい部屋だった事を伝えてお礼を行った。私がもっと英語がはなせたら同じ年頃の子供を持つ親同士もっと親しくまれたのにとちょっと残念でした。でもいい大家さんにめぐり合えて幸せでした。ところで盗られたかと思っていた携帯が無事手元に戻りました。あれだけ、パブに聞きに行ったり、近くにいた人たちに聞いたりしても心当たりがなかったのに、不思議だ。係りの人が学校まで持って来てくれた。商品の福神漬けは出てこなかったが、まあいいか!何だかんだ行ってもぎりぎりのところで何時も色々ま人に助けられてきたと思う。ミアからすごくドキッとする相談を持ち掛けられたり、フラットメイトのAさんやRさんにイギリス人の恋愛感を教えてもらったり、色々勉強にもなりました。でも日本人の女の子がイージイ、ビージイ、ジャパニーズで手軽にものにできると思われている事は肝に銘じて日本人女性の誇りを持ってイギリス人男性と付き合って欲しいとおもいました。
 最後の日は、英国人男性と結婚することになって部屋を出て行ったRさんと出会い、わかれを言いました。日本に彼とビザ更新に来るというのでその時また会える事を楽しみに分かれ
た。私がプレゼントをあげなければいけないのに、反対にキッドソンのポーチを貰っちゃいました。旅行社を尋ね、明日の出発場所を聞き,Rさんが一緒について来てくれて場所を確かめられたのは本当によかった。時間は6時半出発なので5時には家をでなくてはいけないが地下鉄が順調に動いてくれているかが一番の問題だ。
集合場所はヴィクトリア駅前にあるトラファルガ、という旅行社の前だというが、いつもそこならもっと前から教えてくれればいいのに。と前から尋ねていたことだけにちょっと不満。私の登録がミスでなく、ミスターになっていたのもちょっと心配。部屋はシェアを頼んでいたので男性だったらどうしょう。何はともあれ色々な国をこんなにたくさん見てくる事ができる機会はそんなにないと思うので思い切って楽しんできます。周る国はオランダ、ドイツ、スイス,オウストリア、イタリア、フランス、スペイン、モナコです。どうしても行きたかったサウンドオブミュウジックの街、ザルツブルグが楽しみです。後スペインで美味しい物を食べること、そのほかヨーロッパの新しい魅力を発見できると嬉しいですね。
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by annejour | 2008-09-01 23:40
 この日は私の誕生日,U.Kで迎えるとは思ってもいなかったあ。学校も終わったので、一人ぽっちの誕生日を覚悟していたけれど、一緒にブライトンに言ってくれる人が見つかって嬉しかった。一緒に湖水地方に言った人と学校で知り合った人3人でビクトリアの駅で待ち合わせをした。ここには待ち合わせの為の椅子の場所が限れれているので、場所設定には便利だ。切符は当日買ったので長い列を覚悟していたが結構早く買えた。窓口の駅員さんがなにか一生懸命はなすがよくわからなかったら紙に書いてくれた。ブライトン行きは後2分で出発とのこと。大急ぎで走ったが、プラットホムー捜しでまごまごしているうちに目の前で電車はでてしまった。でもすぐに次の電車が入ってきたので、乗り込む事ができた。一番乗りなので、3人で座れるいい場所も確保できてよかった。お天気も最高。列車も快適で楽しくおしゃべりしながら、あっという間にブライトンについてしまった。
ブライトンは何度か計画しながらつぶれてしまった場所だけに感激一塩でした。ポールが“kは強いから海で泳ぐといいよ”なんて失礼な事をいっていたが、さすがに泳いでいる人は居ないだろうと思っていたのに、数人ですがものづきが居ました。海岸に下りて海の水に触ってみたが、冷たくはないが、泳ぎたくなるような温度でもなかった。海辺は砂浜でなくて石浜だったが、水着で日光浴している人や家族連れなんかも楽しんでいた。移動遊園地で楽しむ子、ビーチバレーを楽しむ人など、のんびりとしている様子がうらやましい。海辺はリゾート地だけに、海岸沿いにずらりと素敵なホテルが立ち並び、1週間位でいいからこんなホテルで優雅に楽しみたいものだと思った。念願のお魚も食べ、東洋風のお城も見て素敵な一日が過ごせた。お天気のプレゼントと失くしたと思っていた携帯があったという連絡と、友達になった人とブライトンにくることができてがこの日最高のプレゼントでした。ミアが天使を信じているとよく言っていたが、私も神様を信じたくなるような一日でした。ありがとう。
 ブライトンに行ったメンバーと月曜日に欧州一と言われているニッテイングヒリカーニバルに行く約束をした。フラットメイトが私たちの住んでいるところから歩いて10分位でいけるよというので、11時に私の住んでいるクイーンズパークの駅で落ち合った。まだ時間的に早かった盛夏、人通りは思ったほどでないのに、しっかりパレードは見ることができた。
 日本に帰ったTは看護婦さんだったがお金に糸目を付けない生活ぶりで出会うとかなりの出費だったが同じ医療系の人でも今お付き合いをしている人たちは堅実的で私の家で一服しがてら昼食をとった。私も帰国を間近にしてあまり食料も買い込んでなくてたいしたもてなしができなくて少々申し訳なく思った。
 夜遅くのニュースでこの日のカーニバルの最後が少々荒れたそうで、なぜかはわからなかったが、残念な事だと思った。9月2日にはヨーロッパ一周24日間のコーチの旅にでます。もしホテルのパソが使えれば旅行記が書けるんだけれど、そうでなければ、このプロ具を書くのも今日でおわりかな?ではまた---------。
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by annejour | 2008-08-27 20:19

さようなら学校生活

 58才にしての学校生活、それも英国留学。ぜんぜんわからない英語と時々あるテストに悩まされ、『何で私、いい年してもう忘れてしまったような英語をやっているんだろう?』なんて思ったこともあったり、日本人一人だけが何ヶ月も続き、孤独感を味わったり、いつまでも何を先生がやれといっているのかわからず、まごまごしたりしながらも、全体的にはしっかり年を忘れて世界の若者に混ざり、しっかり自分の年をわすれて若返っているときもあった。それなりに何十年かぶりの学生生活は楽しいものだったと思う。いままでの日本の生活の中にいかに自分という存在がなかったかも思い知らされた。世界中から集まってきている若者が未来に希望を持ち、目的を持って生活意している姿も素敵だった。日本にいたら、絶対出会うことも意識することもない若者たちとの出会いは私の大きな財産だ。やさしかったトルコ人のスータン、しっかり友達になり、一緒にケンブリッジまで行ったダルセ、親子のような気分になった韓国人のハンミやユンジュン。一緒にみゅうじかるを見に行ったミア、湖水地方に旅行した三和、愉快なチズ、いろいろ教えてくれた智子、仲良くなった亜フラットメイトたち。お金持ちでびっくりさせられた子も大勢いた。お医者さんの卵もいた。フランス人のメデイカルエンジニアの大学に行っているというやさしくて明るくて素直なトーマス。ハンサムでウィットにとんでいたブラジル人の子なんと多くの人々に出会ってきたことだろう。日本にいたら信じられないような世界に身を置いていた毎日だった。それも今日で終わりました。ポールも“京子が今日で終わりだからこのペーシは絶対今日で終わらせなくてはね゙と言ってがんばってくれた。最後の二日間の授業は楽しかったし、なんとなく自然にポールとも会話ができ、会話している自分が嬉しかった。英語は今一だったと思うが、この勉強を続け、これからの生き方の中に生かして生きたいと言う目標ができたことが一番の収穫だったかも-----。フラットメイトのりょうこや韓国のハンミ、ユンジョンが“結婚式には呼ぶから来て”といった言葉やトーマスが“日本にいつかいくから”といった言葉を楽しみに待っていたい。
後欧州一周旅行に出かける予定だが、それまでに日本に送る荷物のリストつくり、荷造り、最後の小旅行ブライトン(一緒に行きたいという元看護婦さんでまだここに来て意かっげつのヒトも加わることになった)、欧州一といわれているノッテイングヒリのカーニバル見学(混雑が予想されるのでやめるかも。)ミアと二人でロンドンアイでパッフォマンスをしようと約束していること(ミアは中国服、私は和服を着て歩く)を実行したら私の英国でのスケジュールはおわりです。このプログも閉じます。ありがとう。 
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by annejour | 2008-08-23 00:31
 交流会に行って携帯をなくし落込んでます。シェアメイトのあやこさんについて行ってもらって警察に行ったが登録番号が分からないとだめと言われた。携帯の裏についている番号をしっかりメモしておく必要がある。そうしたら隣のシシェアメイトさんが今自転車を盗まれてしまったそうで今警察に届けに言ってきたと言う。でてこないとは思うけれど、一応言ってみると言っていた。もう、みんな泥棒に見えてしまう。パブに行って聞いてみたけれどなかったというし、一緒に行った友だちに聞いたけれど、話題になかったと言うし、次回は最後の思い出に仲良しになった子と大好きなミュウジカル〝サウンドオブミュウジック〟を見に行く予定だったのでその時に会があるので寄ってみようと思った。当日はミアと私の部屋で一緒に夕食をとる約束をしたので、ここでまたまた一つ試練にぶつかった。携帯がなくて引越し業者が連絡できる方法を作って知らせて欲しいと言った事、ミアが私の所に着いても連絡できないので、大家さんに厄介をかけてしまうことなど。結局大家さんの電話を利用させてもらう事が一番なので頼むことにしたが、私の英語力でどこまで言いたいことが伝えられるか-----?深呼吸してテイナに“今日はミュウジカルを見に行くので、友達が来て玄関ベルをならす”こと、“携帯をなくしたので、引越し業者が来る日だけ連絡用に電話を貸して欲しいので、番号を教えて欲しい”こと等伝えた何とかわかってもらえたようでokと言って電話番号を書いてくれた。
ミアが来てアレックスが玄関を開けてくれた。アレックスにお礼を言うと柔和な笑顔で“どういたしまして”
と答えてくれた。私はアレックスみたいな人が大好きだ。私の父に似通ったところがある。ミアはミアの所の大家さんが“友達のところにいくならもっていけ”と言ってちまきを持ってきてくれた。
私が冷凍しておいたカレーとサラダ、味噌汁、デザートにこれも頂き物の抹茶アイスクリームを食べてから出かけ、会に寄ってみたが、係りの人は知らないと言うのでもう絶望的かも。
ミアに慰めてもらい,oxfordサーカスにあるシアターパラジウムで念願のサウンドオブミュウジックを見た。
くるくると場面の変わる大掛かりな舞台装置。オーケストラによる生演奏と美しい歌声に感激してきました。大好きなサウンドを生で見ることができてまた一つロンドンにいい思い出ができました。常日頃始末やの私がミアとお揃いでサウンドのTシャツを15ポンドで買っちゃいました。ミアちゃんと二人で“よかったね、よかったね”と抱き合って感激試合増した。帰りは初めて10時過ぎに電車に乗り、ちょっとどきどき。
 翌日学校にミアがくれた中国ちまきを持って息、ユンジョン、ハンミ、かつと食べました。私が捨てるつもりだったボストンバッグをミアが欲しいというので、学校に持ってきてミアに渡したし、後は三輪さんと土曜日にブライトンに行って、欧州一と言われているカーニバルを見に行って、最後の日英交流会に出席すると、私のロンドンでのスケジュールは終わる。
 8月26日にヤマトが荷物をとりに来るので、この日は一日部屋にいてかたづけやら洗濯の予定。結構荷物を送るための手続きが面倒くさい。ベビー服が安くなっていて何故か買っちゃいました。ヤマトに携帯がないことを告げると、何か連絡方法を作って知らせて欲しいというので、意を決してテイナに話に出かけ、なんとかわかって貰えた様で、電話番号を教えてくれてテイナ宅のホームデンワを利用させてもらえることになった。旅行のスケジュールは旅行日翌日でないと教えられないと言うので、その日は旅行者に出かけて、連絡の(現地の旅行者なので、会話が不安で)手助けをしてもらう事になっている。こちらは公共機関はもちろんこうしたことにもすごくセキュリテイを考えて万全にしている。
 8月に入ってからはほとんど夏を感じさせない陽気で、雨の日などは寒い位でセータが必要だ。町いく人は半そで姿の上に冬のコートを着ている人もいる。送る服、もって行く服を選ぶのに悩んでいる。
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by annejour | 2008-08-20 16:55
 少しずつ荷物の片付けを始めているが、先日は大家のテイナに体重計を借りて荷物の量を測って見た。24キロまで入れられるそうだが、今の所15キロを切っている。日本から持ってきたボストンバッグが重いのでキャスターつきに買い替えようかとも悩んでいる。日本から持ってきてずーっと私と共にロンドン生活をしてきた便利バッグもついにもち手のところが破れ、硬くて普通の針は通らず、直すのは無理と諦めて湖水地方で軽くて手ごろで半額になっていたバッグを買ったので変えた。ながいことありがとう。
 エージェンシイにも出る日を告げ,最後の家賃もテイナに払い終えたし。隣の部屋のりょうこさんも土曜日に引越しし、翌日日曜には次の人が引っ越してきた。日系の美容院で働いているそうでもうロンドン生活は5年になるそうだ。
私の部屋も私が旅行中に見に来たがあるそうで、もう決まったそうだ。交流会で知り合った人が入りたいので見に行くといっていたので、その人かと思い、テイナに“何歳くらいの人がきたの?”と聞くと“若い人だよ。いつも若い人ばかりで年の人が入ったのは私が初めて”といっていた。次の交流会で入りたいといっていた彼女に会うと、担当者がやすんでいて会えなくて、次に聞いたらきまってしまったそうで残念といっていた。ゾーン2で部屋はきれいで広くてロンドン相場にしては安くて、共通部分には専門の人が来て掃除をしてくれる所は早々ないそうで、私は運がよかったと思っている。前クラスメイトのミアは中国人のフラットに住んでいるが、狭いしあまり綺麗でなく、周囲の治安も悪い感じがするそうで、次の引越し先をゴルダーズグリーンに見つけたそうだ。何でも家の近くの果物やさんと色々話をした所彼が彼女に興味を持ったらしく,後を車で追いかけてきて“住所を教えてくれ”とか“電話番号を教えてくれとか”色々言っていつまでもついて来るので駅に逃げ込んだそうだ。ロンドンは怖い場所が色々あるから住む地区は事前にしっかり調べないと大変だ。彼女は私が紹介して連れて行った会で早くも英国人の彼をみつけたようで、何回か食事をしたり、シアターにもいったそうだ道理で先日の会の帰りに二人で手を繋いで歩いて居た訳だ。彼はきちんとしたジャケットにネクタイの中々の紳士で彼女より3歳程年上だそうで、学校は公立でなく私立だそうだから良いとこのぼっちゃんかも----?うまくいけば私がキューピットというわけだ。私はと言えばいいとこなしで、この日電話番号を聞かれてかばんから携帯をはずし、ゲームをしていて夢中になっている間に携帯の事を忘れ、かえってきてない事に気づくと言うヘマをやった。隣にいたオーストラリアの男性がいつの間にか消えていたからもしかしたら----?と自分のドジを忘れて疑っている私です。もう少しで終わりで気をつけていたつもりだったのに----。やはりパブは鬼門です。
 ロンドンには色々な所に面白いマーケットがあり、やっとこのごろそれを知ってたずねていますが、先日はノッテイングヒルストリートマーケットに行ってきました。アンテークなど色々あって面白かった。
 定期ももう1週間買えない状況で、駅で5日間の定期は買えないかと聞いて、1週間からしかないと言われ、24ポンド20ペンスを払った。1週間学割が聞くと16ポンド少々だから土日の2日分が使わないのに痛い、しかし学割が全然きかないと1週間30ポンドだからと諦めた。バス定期にすると15ポンドと言われたが、バスは効率が悪いし、バス停をいつもさがしまわらなくては ならないので、なれていないと不非効率でもう少しで終わりなのでやめた。
 最後の懇談がポールとの間であった。学校生活や授業は同化など聞かれ、ハッピだと答えて置いた。クラスの人の入れ替わりが激しいので、前のような全体的雰囲気がまだ出来ていないがこんなと思っているし。ハンミが2週間他所のカレッジで夏季講習を受けるためにここを休むそうだけれど、私がいる間は一緒のクラスに居られるのでうれしい。
 この頃どういう風の吹き回しかミアが盛んに私のクラスに来るようになった。月曜日にはめずらしく2人で昼食に出かけた。彼女は午後のクラスもとっているが、あまりクラスに馴染めず、担任の若い教師もあまり気に入らないからサボってもいいと言っていた。この日は7時近くまで彼女に付き合い、いろいろ話しをした。とても明るく前向きに見える彼女だが、小さいころの話を聞くと両親から色々な形でスポイルされ、必死で生きてきたことがわかった。私ともとても境遇が似ていて、同じ家に住んでいるかと思うほどだった。かわいいと言われたことがない。父に初月給で奮発してプレゼントした者が封も開けず、引き出しにしまいっぱなしになっていたこと、何かやりたいと言ってどうせあんたには才能ないからやっても無駄といわれた事。いつも愛されたいと努力して親の言いなりになってきたが、認めてもらえず、兄ばかりに注目が言ったことなど。就職してその仕事の時間的な滅茶苦茶さに精神的にもボロボロ担ったこと。彼女は中国語も堪能で、英語と中国語を生かして仕事をしたい事など話してくれた。得に中国北京大学での留学では周りに人がアミかわいいと言ってくれたり、ちょっとした自の発言に、アミ頭がいいといってくれ、初めて自分を認めてくれる場所が見つかった気がしたそうで、色々今中国が悪く言われているが、彼女は大好きだと言っていた。
両親もロンドン留学は賛成し、応援してくれたことには感謝しているそうだ。以前私のクラスに居た時も何となく周りに違和感をもたれていたが、ペアをくんだ相手が英語があまりわからないと、どう接していいかわからず、英語で一生懸命分からせよう、答えさせようとした事が逆効果だったみたいといっていた。彼女は天使の存在を信じていて、今の彼は彼と言うより天使みたいなものだと言っていた。天使を信じてしっかえり自分の道を歩いて欲しいと思った。
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by annejour | 2008-08-14 22:20
 英国に来たら絶対行こうと思っていた湖水地方。偶然の産物で一緒に行く相手も見つかり、8月の7,8日を使って出かけた。ユーストン駅の地下鉄改札口で会う約束をしてあり、私の住んでいるクイーンズパークからは地下鉄より便利なオーバーグラウンドが通っているのでそれに乗ることにした。いつもトイレが心配なので早めに出かけ、ユーストンの駅のトイレを確認しておいた。オーバーグラウンドは乗り換えをしなくてもよく、駅も少なく快適だった。改札口でもうまく彼女と出会え、駅の掲示板で列車とプラットホームの確認もし、無事に列車に乗り出発。ゆれもなく、3時間半の旅だと言うのに全然時間が木にならず、花々が咲き乱れるフィヨルドや見慣れた英国の景色牧場を横に快適な旅だった。湖水地方の玄関口ウインダミアの駅前は食料品のスーパーと雑貨のスーパーがあるだけの鄙びた田舎の駅と言った感じで物寂しく、これが有名な観光地かとちょっとびっくり。駅の横にあった案内所で見所やホテルへの行き方を聞き、出発。少しあるくと街中にでて、たくさんの店があり賑やかだった。湖には周遊船や観光船も出ており、湖近くの公園ではなにか催しものもやっていた。一番見たかったピーターラビットミュウジアムは近くにあって入場料6ポンドだったが、中々見ごたえガあり、ポッタの世界にしっかりはまることができた。
 遊覧船に乗ろうと思ったが、お天気が崩れそうで止めた。案の定雨が降り出し視界も悪くなり止めてよかった。小寒くなってきたのでどこかで夕食をとる事にし、レストランを探す。中華が無難かと思ったが、彼女の希望で可愛いレストランに入る。メニュウーをもって来てくれたが、パットみてすぐになんの料理か分からず、2コースのセットを頼むがこれがまた分からない。おばちゃんに声をかけて聞き、2人別々に頼んで少しずつ味を見合うことにした。私はサーモン、彼女はビーフシチュウ。これにスープとパンがセットで12,50ポンドだ。味は大味で不味くもすごく美味くもなく中華がよかったかな?---。最後におばちゃんが他に何かいりますか?と尋ねたので“勘定お願いします”というとメニュウーを持ってきてデザートもありますと言うのでこのコースについているかと勘違いして頼んでしまったら後で3コースですと言って勘定書を持ってきた。“しまった。やられた”と思ったが後の祭りだった。ちょっと仕返しではないがチップをけちって約16ポンドのところを一人17ポンド払ってでてきた。ここでホテルの場所を尋ねると若い愛想のいい娘さんを呼んで教えてくれた。
急な坂道を少々息を弾ませて上った坂の途中にホテルハイドロはあった。レストランからは5~6分位だった。大きなホテルで日本の案内書に高級と書いてあったが古い老舗のホテルとかで私は古い国で古いホテルはあまり期待しないが部屋の小奇麗でまあまあだった。しかしその後がいけない。どこの部屋で使っているのか遅くまであちこちの水の音が煩わしかった。相棒の彼女とも職場のこと他色々話、寝るのは遅くなった。
翌朝はペールギュントの曲を思い起こさせるようなすばらしい夜明けだった。きれいな食堂にはイングランドブレックファーストのバイキングが並び、味もよかった。スクランブルエッグ、ウインナの揚げたもの、カリカリベーコン、目玉焼き、パン、数種類のジャム、野菜、ヨーグルト、グレープフルーツ、杏の砂糖漬け、丸ごとのキウイ、オレンジ、リンゴ、オレンジが山盛りになった籠、ジュースも数種類あったが、いつもトイレが心配な私は控えめに食べて置いた。テーブルには他にトーストが置いてあり、ポットには紅茶が用意された(これはボーイさんが席に着いたときに紅茶かコーヒーか聞いたので答えておいた)。隣にの本字らしきご夫婦が座り、日本語で挨拶されたので、いろいろ話をした。念に何回かご夫婦で旅をされているそうでかなりの国々を回って見えた。英語もさぞ堪能だろうとお聞きすると,“彼が英語ができるので、まかせっきりです”と笑顔で答えられた奥さんは本当に幸せそうで羨ましい限りでした。エジンバラなどスコットランドと湖水を回り、この日にロンドンに入るそうで、ホテルにいく地下鉄がわからないと言うので、三輪さんが持っていた地下鉄路線地図をあげ、喜ばれた。まだだんな様は現役で働いて見えるそうで10日間の旅行日程がやっとだと言ってみえたが、それすらとれなかった私たちの職場は何だろう?
 9時にツアーの運転手さんが来たので車に乗る。大型のバスか何かかと思ったら、私たちと日本人親子、中国人1人の5人だった。日本人の彼女は京都でツアーコンダクターをしており、中国人の彼女は日本に来たときの客でイギリスのリバプールに住んでいるそうで、一緒に来たそうだ。小学生の男の子は4年生で夏休みの旅行だそうだがすごいなと思った。彼女が英語が堪能なので、運転手さんとのコンタクトも安心して任せられ,2人コンダクターがついた贅沢な旅行になった。日本語の観光案内をテープで流してくれたが、ほとんどの人が(私も少々)英語がわかるので、ほとんど運転手さんが途中から説明してくれた。
ピータラビットの著者の映画の舞台になった農家はBアンドBになっていて、そこでteaを皆で飲みゆっくり休んだ。トイレに行っている間に中国人の彼女が支払いをしてくれ、ごちそうするからお金はいいといって受け取ってくれなかった。
 9つの湖巡り一日コースだがとても無理なく効率よく回ってくれ、私の拙い英語で運転手さんとも会話が出来、うれしかった。彼は45才で6才になる娘さんがいて、ツアーには60人くらいいるときもあり、そのときは大型バスを使うそうだ。ツアーも運転手も自分がボスだから気楽でいいと言っていた。湖も有名な詩人ワーズワースのコテッジも日本のようにすぐに観光地とわかるものはなく、ナショナルトラストという団体の管理のもと自然破壊や商業主義から守っているそうで、観光するには不便だが後世に残すといった意味では大切な活動だと思った。
おかげで湖水地方の自然にしっかり浸ることが出来た。どこか私の故郷を思わせる景色がたくさんあり、日本に自然の美しさを改めて認識させられた。日本はいい。
 帰りはぴったり3時半にウィンダミアの駅につき、ロンドンに帰る6時18分まで買い物を楽しんだ。ユーストンの駅には予定より20分遅れてつき。そこからオーバグラウンドでクイーンズパークまで帰ってきたが、初めて辿るコースなので無事に着くまでハラハラどきどきでした。
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by annejour | 2008-08-12 16:42

色々な出会いと別れ

 学校にいるといつも色々な人に出会う。短期の人は1週間から2週間。長い人で1年間。クラスはしょっちゅう人が入れ替わり、担任も1ヶ月から数ヶ月で変わる。私が今いるクラスはプレインタメデイアルだが、会話力のある人はどんどん上のクラスに上がっていくから、そういう意味でも人の入れ替わりは結構ある。エレメンタリのクラスからずっと一緒でプレにも一緒に上がり、仲良くしてきたハンミとユンジュが来週から上のクラスにあがることになったし、もう一週間で仲良くなったトーマもフランスに帰ってしまうし、おもしろかったブラックはトルコから帰ってきて上のクラスに行ったし。私のシェアメイトのりょうこさんもいまの部屋を出て、結婚すると言う英国人の彼のお父さんの家に8月10日に引越しすると言う事で毎日片付けに余念がない。
もう一人のシェアメイトともこさんは1ヶ月も留守で、ドイツ、スペイン等ヨーロッパを旅し、先日帰ってきたと思ったら、1~2日後には日本の実家で夏休みを過ごしますいって帰った。ロンドンに戻って来た時には私もりょうこさんも居なくて新しいひとが居るわけだ。彼女の行動はとてもリッチでしばしば驚かせられる。私のようにいつも経済を心配しながら行動しなくてもいいのは羨ましいかぎりだ。部屋代も1ヶ月10万近くするのに、2ヶ月以上も空き部屋にしているし----。
もう一人のシェアメイトのあやこさんも10月にはロンドンを出てフランスに行って暮らすという。“この次はフランス語の学校にいくの?”と聞くと“いいえ、違います。フランスで暮らしたいだけです”との答えだった。彼女はカナダのもいたし、今はアルバイトしながら語学学校に行っているというし、31歳過ぎているけれど、いたってそんな事は感じさせない生活ぶりだ。ここに来てすぐに友達のパーテイで知り合った男性とお付き合いをしているそうだ。英語がもうある程度できるだけに生活に溶け込むのも早い。彼女にはお姉さんもいて独身で家で花嫁修業中だそうだが、親は何も言わないし、とっても仲良しの家族だそうだ。娘二人を自由にさせておけるだけのゆとりのある家庭なのだろう反対に日英交流会で知り合った男性24歳は、“大学をでて1年働いたけれど、やめてここにきました。でも、安定指向なんできちんと就職して、老後を安定させたいです。千葉の海沿いなんかで暮らしたいですね”といっていた。男性と女性の生活にたいする認識の差なんだろうが、男性のほうがあまり冒険をしないようだ。いざとなれば逃げるところのある女性のほうがある意味現代では自由なのだろう。
 日本のニュースをみていると若い人たちがもったいないような自分の人生の使い方をしているがが、ここに来ている人たちは形はどうあれ、いつも前向きなのがすばらしい。
 もう一人のシェアメイトりょうこさんは、イギリス人の彼との結婚が決まり、早々に彼のお父さんの家にしばらく間借りをするそうで引越しの準備に余念がない。手伝いに来ていた彼とご挨拶したが、なかなかハンサムな好青年で29才で彼女より年下だそうだ。一度日本にビザの手続きと結婚届けをだすそうだ。幸せ一杯といった感じがうらやましい。先日は彼女の職場に連れて行ってもらい目の調子“ドライアイ”みたいなのでついでに予約をとって診察してもらった。名古屋から来ていると言う看護婦さんが私の故郷の事をよくしっていて、話に華が咲いてしまった。この病院はリバプールソトリートの駅の近くにあるのだが、とてもわかり難い場所で彼女に連れて行ってもらって予約をとって置いてよかったと思った。
 通りの鉄の門を通り、次の通りに入っても何の看板も案内も見当たらないので知らないと地図が例えあっても困難だ。なんでも景観や安全の都合で面に看板を出せないそうだ.いろいろ検査をしてもらったり、薬をもらえて、一安心。2か月分もらえたので安心してヨーロッパ旅行に出かけられる。使うつもりはなく、お守りのつもりで高い保険に入っていったが、何かある時はとても安心だ。医療が社会福祉で安心だと思っていたが、日本の保険と一緒で色々問題があるイギリスであった.得に歯医者は最悪なので、絶対日本できちんとしてからきた方がいい。
りょうこさんの引越しを今週の土曜日に控え、もう一人のあやこさんも含め、初めて3人で人生論やら恋愛論やら12時近くまで話し込んでしまった。りょうこさんは彼と7つ近く年が離れているが、気負う必要がなく、とても楽に側にいられることが彼との結婚を決めた理由出そうだ。彼も私が見たところでも、物静かでいつも穏やかに彼女を気遣っている姿が素敵でした。日本の男性ではこうはいかないと言うのが一致した意見です。あやこさんの彼も年下で23歳だとか、何しろイギリスの男性は優しい人が多いようです。  
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by annejour | 2008-07-31 16:50
 英国にいったら絶対にいこうと決めていた湖水地方。早くしないとこの国ではどうなるかわからないので、6月半ば頃いツアーを募集していた数社を訪れたが、夏休みやバンクホリデイが私に行きたい日と重なっているそうで安いコースはもう予約いっぱいだと言われた。個人的にコースを組んでくれる会社に出かけ相談したところ、鉄道会社はまだその時期の運行予定を発表していないので、発表があり次第連絡をくれる事になった。しかし待てど暮らせど連絡なく2週間が過ぎてしまい、再度訪問して聞いたところ、まだ発表がないと言う。その後も会社から連絡があり、“お待たせしていますが、丁度バンクホリデイに鉄道会社が工事を予定しているようで゙、チケットの売り出しが遅れている状況です”と連絡があった。信じられますか?夏休みのそれも連休に工事を始めるって言うんですよ。日本では考えられませんね。その上飛行機をはじめ、鉄道まで人気の時期には運賃が高くなるそうです。ちなみに私は仲良しになった子のいるポルトガルに行きたいと、運賃を聞いた所、バンクホリデイは往復300ポンド。ほかの日は210ポンドだそうで、あきらめた。友人は早くからポルトガル行きを予約してあったそうで、150ポンドだったそうだ。値段の差は比べ様もないそうで、安いときはただみたいだそうだ。旅行はツースホステルを利用してとも思っていたが、ホテル込みでないと色々の手配が安くならないというのであきらめた。
という訳で私が学校が終わってから旅行しようと思っていた一週間は鉄道会社がダイヤをいつ発表するか分からず、あっても、いつドタキャンになるか分からない時期なので避けたほうがいいと言われた。旅行会社から再度連絡があり、他の日にすれば座席が確保できると連絡があった。学校は休みたくないが仕方ないと思い、決める事にした。
もう少し詳しく色々聞きたいと思い、近くの別の会社を訪ねたところ、私と同じように湖水地方に日曜日に行きたいと相談している人がいた。独りだと料金が高くなることや日曜日はお勧めしません等旅行者から説明を受けていた。もしかしたら一緒に行けるかも-------?と彼女に声をかけてみた。彼女は日本から来てまだ2週間しかたっていない事や看護婦さんで人間関係が嫌になって止めて来たことなどを話してくれた。しかし、まだ英語が十分でないのにホームステイのマザーとうまくいかず悩んで射た。ほかにも二人ステイしている子がいるが、彼女らはスイス人などでかなり英語は達者だと言う。洗濯の仕方のくい違い゙、マザは洗濯をしてやるから、出しておけといい、彼女は一部は自分で手洗いしたいと思い、了解を得られたと思ってしていた所注意され、翌日洗濯機を使っても言いといわれたので、使おうと思ったところ、“今日は一杯だからだめだ”と言われ、その上“ズボンは洗濯機で洗えない”と言われたそうだ。そして、“あなたとはコムニュケーションがとれないから、学校から日本語のわかる人が来てくれるまで話さない”とまで言われて悲しがっていた。私のホームステイ体験をはなすと、びっくりして“kさんはすごく恵まれていたと思います”といっていた。色々な人の体験を聞いていたので、恵まれていた事を実感した。こちらでは留学生を日本の様に好意で受け入れるのでなく、あくまで商売として受け入れている家庭も多いと聞くのでそうした所が差になっているかもしれない。
彼女と一緒に旅行する事で話がまとまり、よく土曜日に一緒に私が依頼していた旅行者に出かけ頼んでくる。私一人だと221ポンドと言っていたコースが181ポンドになった。一人と二人の差は大きい。
 学校の食堂で久しぶりに出会ったRさん。見ると一緒にいる人は皆私の友達でミアとアズだったのでその偶然にびっくりした。交流会で顔をあわせなかったので近況を聞くと、友達とクラブで話していて側において置いたバッグごと盗まれてしまい、カードも部屋の鍵もなにもかも無くなって大変なこと、友達に泊めてもらったり、カードは1ヶ月期間の臨時のものを発行してもらったりで大変だったそうだ。kから聞いていたのにと悔しそうだった。
 信じられないがこちらに来ての私の知り合いはそれ程多くないのに、なんと大勢の人が被害にあっている事か。日本人に危機意識が徹底していない事(私も含めて)つくづく実感した。
私が知り合いになった看護婦さんの話をするとミアがいたく同情して、“何かできる事があればやります”といってくれたので、次回の交流会で引き合わせる事にした。そして湖水地方にも一緒に行きたいと言い出した。みんなでいければ楽しいだろうと思う。いけるといいな?
夜,Mから電話があり、もう一人連れて行っていいかと申し出があった。Okした。
 昨年の9月に目の手術をしてこちらに来たのだが、後遺症かどうか、ずーっとすっきりしなくて、いつもおでこに硬いものを貼り付けられた感じで生活しているが、われながらこんな状況でよく学校の勉強や生活をしてきた者だと感心している。
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by annejour | 2008-07-29 16:44
 賑やかで元気なスペイン人の17才のマリナが帰り、サウジアラビアイエメンから〝アイーシャ〟と言う17才の女の子が入ってきた。イエメンの子には初めて会うのでちょっとものめずらしい。フランスから来ているトーマスは20才のメデイ゙カルエンジニアのコースの大学生で夏休みの1ヶ月間英語の勉強に来ていて、今私の一番のお気に入りです。漫画大好きで日本のコミックを持ってきたり、任天堂のゲーム機を学校に持ってきたりして遣っている。担任のポールはちょっと困った顔をしていた。日本のフィルムもよく知っていて、〝リング〟とか〝デスノート〟とか他のも私の知らないものをよく知っていた。平仮名もよく知っていて、ブレイクタイッムにボード書いたり、私のもっていた日本語のレターの平仮名を読んで見せたりした。“どうしてそんなに知っているの?”と聞くと、漫画やフィルム、ゲームで覚えた問いっていたが、発音もしっかりしているし、すごいと思った。漢字で自分の名前をj書いてくれと言うので『飛馬数』とかいてやるとこの難しい漢字を一生懸命ノートに写していた。折り紙で手裏剣を作ってやると喜んで、スペイン人のホアンの所に飛ばしていた。ホアンのも作ってやると二人で忍者ごっこを始め、まるでブルースリーの様な声を上げるので、“それは日本じゃない、中国のカンフーだ”と教える。
 授業の合間のブレークタイムに“今日はホアンの誕生日だ”と言う声が出て、皆でハッピバースデイの大合唱になり、次にそれぞれのお国言葉での誕生日の歌の交換会となった。でもハッピバスデイのメロデイは各国共通でおもしろかった。
授業の後、“お祝いにパブで飲もう”と言う事になり、皆でパブに繰り出す。午後の授業に出ると言っていたトーマスもしっかりご機嫌で午後をもっている子も忘れてしまったようだ。何杯もビールのお変わりをしたり、たくさん食べる彼らのエネルギーはすごい。私はバックの両親の事を思ってしまうのだが-------。
 トイレに行くとブラジル人の彼がいて、『エ!ここ婦人トイレなのに』 、私が間違ったかとあたふたしてしまった彼も気づいたのか真っ赤になって“kシークレットだよ”と言うのがおかしかった。トーマはよく名前を聞いたらフランス読みがトーマでイギリス読みがトーマスだそうだ。私はトーマのほうがいいのでそう呼ぶことに決めた。ちょっと鼻についていたスンブがこの頃可愛い。にほんの文字でスンぶると書いてくれと言うので、何文字か書いて選ぶようにいうと、ウーン困ったと言う顔をしながらも嬉しそうに選び,〝駿歩留〟と書いてやると可愛い笑顔でサンキュウと嬉しそうだった。今私が一番心安く安心できるのは、韓国人のハンミとユンジュだ。ユンジュは最初の印象が悪かったのに今は一番に私を気遣ってくれる。髪形を私が変えたり、服の新しいのを着てきたりすると、ユンジュが一番に気づいて“kその髪型にあっているよ”“あっ、涼しそうな素敵な服”とか行ってくれる。ハンミがホリデイで2週間もいないのが寂しい。
 今いる家の家賃が高くて移りたいとユンジュがかつに相談していたので、ジャパンセンタの掲示板を教えてやる。“日本語が読めないから”と言うので付いて行ってやることにした。前にも仲良しになった韓国の子に探してやってうまく決まったので期待して出かけた。ジャパンセンターで2ヶ所いい所をみつけ、すぐに電話する“日本語だったらkでてね”と頼まれたが英語だった。いいところはすぐになくなるので、その足で家を訪ねた。ウエストハムステッドの住宅街で地下鉄からもバス停からも近く、家全体が改装中で、予定の部屋は真っ白なカーテン、真っ白な壁,かわいい新しいデスクやクッションのいいいすもあり、窓も大きくてとても素敵だった。大家さんも優しい気さくな人で、時々日本語も飛び出した。後2人シェアひている人がいて日本人だそうだ。
お互い後で連絡しあうことになり分かれた。
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by annejour | 2008-07-24 16:41